ドイツでは、教会の会員であるだけで所得税額の8〜9%が「教会税」として給料から天引きされます。集めるのは教会ではなく州の税務署。国が宗教団体の「会費」を代行徴収する、ワイマール憲法以来100年超の仕組みです。2025年には約66万人が役所に脱退を届け出ましたが、教会税の収入は約128億ユーロ(約2.3兆円)と過去最高水準でした。制度の設計と歴史、北欧・イタリアの類似制度、そして「宗教法人非課税」という日本の設計との違いを、一次情報で整理します。宗教そのものの良し悪しを論じる記事ではありません。
仕組み:所得税の8〜9%を、州の税務署が上乗せで徴収する
ドイツの教会税(Kirchensteuer)は、「公法上の社団」と認められた宗教団体——カトリック教会、プロテスタントの各州教会(EKD加盟)、ユダヤ教共同体など——の会員だけが納める税金です。会員でない人には1円もかかりません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 納める人 | 公法上の社団と認められた宗教団体の会員(洗礼・入会の事実にもとづく) |
| 税率 | 所得税額の9%(バイエルン州・バーデン=ヴュルテンベルク州は8%) |
| 徴収方法 | 給与から源泉徴収(所得税と一緒に天引き)。利子・配当など資本所得にも銀行が自動で上乗せ徴収 |
| 集める人 | 州の税務署(教会は州に徴収手数料として税収の2〜4%程度を支払う) |
| やめ方 | 教会ではなく役所(州により戸籍役場や区裁判所)に脱退を届け出る。手数料は無料〜35ユーロ程度 |
「所得税額の」8〜9%であって、収入の8〜9%ではない点に注意してください。教会側の公式説明では、実際の負担は収入のおおむね1%前後とされています。
計算例(9%の州の場合)
所得税を年4,000ユーロ納める人 → 教会税は 4,000ユーロ × 9% = 年360ユーロ(約6.5万円)
※ 教会税は特別支出として所得控除の対象になるため、実質負担はこれより少し軽くなります。
給与計算では、勤務先が登録された宗教属性にもとづいて所得税と一緒に天引きし、税務署経由で教会に渡します。会社員が自分で納付する場面はほぼありません。ドイツの給与明細には、同じく天引きされる介護保険の「子なし割増」と並んで、教会税(KS)の欄があります。
なぜ生まれたか:ワイマール憲法に書かれた「教会の課税権」
出発点は1803年です。ナポレオン戦争期の「帝国代表者会議主要決議」で諸侯が教会領を没収(世俗化)し、その見返りとして国家が教会財政を支える枠組みができました。19世紀を通じて各邦が教会税の法律を整え、1919年のワイマール憲法137条が「公法上の社団である宗教団体は、市民の租税台帳にもとづいて租税を徴収できる」と明文化。1949年の基本法(現行憲法)140条がこの条文をそのまま引き継ぎ、今日に至ります。
「国教はない。しかし国家と教会は協働する」——ドイツの政教関係は、国家が教会と距離を置きつつ、徴収代行や神学部の設置などでは協力する中間型です。教会税は「国が宗教団体に税金を渡す」制度ではなく、「会員が払う会費を、国が手数料を取って代わりに集める」制度として設計されています。
- 課税権を持つのはあくまで宗教団体で、国はその執行を代行する立場です
- だからこそ対象は会員だけで、脱退すれば課税も止まります
- 同じ憲法条文を根拠に、カトリック・プロテスタント以外にもユダヤ教共同体などが教会税(文化税)を徴収しています
現状:年66万人が脱退、それでも税収は過去最高水準
教会税は今、大きな曲がり角にあります。教会統計(ドイツ司教協議会・EKD)の公表数値を整理すると次のとおりです。
- 会員数:2025年末時点でカトリック約1,922万人+EKD(プロテスタント)約1,740万人=約3,662万人・人口の43.8%。二大教会の会員は今や人口の半分を下回っています
- 脱退者数:2025年に約66万人(カトリック約30.7万人・EKD約35万人)が正式に脱退を届け出ました。2024年の約67万人に続く高い水準です
- 税収:それでも2025年の教会税収入はカトリック67.5億ユーロ(約1.2兆円・前年比+1.9%)、EKD約60.9億ユーロ(約1.1兆円)、合計約128.4億ユーロ。会員が減っても賃金と所得税が伸びるため、名目の税収は増え続けています(物価を考慮した実質では目減りし、長期では減収見通しとされています)
脱退(Kirchenaustritt)は教会の窓口ではなく役所での法的手続きです。州により戸籍役場(バイエルン州など)や区裁判所(ノルトライン=ヴェストファーレン州など)に本人が出向いて届け出ます。手数料は無料の州から35ユーロ(約6,300円)程度の州までさまざまで、「脱退にお金を取ること」自体が信教の自由の観点から議論になっています。多くの州では届け出た月の末で会員資格が終わり、翌月から教会税が止まります。なお脱退すると、教会での結婚式や葬儀などが制限される場合があります(扱いは各教会の内部規則によります)。
世界の類似制度:北欧の「会員課税」とイタリアの「使途指定」
国が宗教財政に関わる仕組みは、ヨーロッパでは珍しくありません。大きく3つの型に分かれます。
| 国 | 仕組み | 負担の目安 |
|---|---|---|
| ドイツ | 会員のみ課税・州税務署が代行徴収 | 所得税額の8〜9%(収入の1%前後) |
| デンマーク | 国民教会の会員のみ・税と一緒に徴収 | 課税所得の平均0.87%(自治体で0.39〜1.2%台) |
| スウェーデン | 教会費を国税庁が代行徴収 | 課税所得の1%前後(教区により0.8〜1.5%程度) |
| フィンランド | 教会税を税務当局が徴収 | 課税所得の1〜2.25%(教区による) |
| オーストリア | 教会が自前で徴収(国は関与しない) | 課税所得の1.1%程度の「教会拠出金」 |
| イタリア | 所得税総額の0.8%を納税者が使途指定(8/1000) | 追加負担ゼロ・確定申告で行き先を選ぶ |
特徴的なのはイタリアです。会員かどうかに関係なく、国の所得税収の0.8%をあらかじめ切り出し、その配分先(国か、カトリック教会・ユダヤ教共同体・仏教連合など十数団体)を納税者が申告時に指定します。誰も追加でお金を払わず、「自分の払った税金の行き先を選ぶ」設計で、意思表示をしなかった人の分は表明された選択の比率で按分されます。負担が増えない点は違いますが、「税の使い道を納税者が選ぶ」という発想は日本のふるさと納税に通じるところがあります。
日本との比較:「集める段階」で関わるか、「受け取った後」を非課税にするか
日本に教会税はありません。憲法20条・89条の政教分離により、国や自治体が特定の宗教団体のためにお金を集めたり支出したりする仕組みは取れないためです。その代わり日本の設計は、宗教法人が受け取った後のお金を非課税にする形になっています。
| ドイツ | 日本 | |
|---|---|---|
| 国の関わり方 | 徴収の代行(会員の会費を税として集める) | 非課税(お布施・賽銭など宗教活動収入に課税しない) |
| 信者の負担 | 所得税額の8〜9%が自動で天引き | 法律上の負担なし(お布施等は任意) |
| 宗教団体の事業収入 | 教会税が財政の柱 | 34業種の収益事業には法人税(年800万円以下15%・超19%) |
| 寄付の税制 | 教会税は所得控除の対象 | 宗教法人へのお布施・寄付は原則、寄附金控除の対象外 |
つまりドイツは「集める段階」で国が関与し、日本は「受け取った後」を非課税にする——国の関与のポイントが正反対です。日本の宗教法人がどこまで非課税で、どこから課税されるか(お守りの販売は?駐車場経営は?)は、宗教法人はなぜ無税?お布施非課税のしくみで詳しく整理しています。どちらの設計が優れているという話ではなく、政教関係の歴史がそのまま税制の形になっている、という比較です。
日本人に関係するケース:住民登録の「宗教欄」で課税が決まる
ドイツに駐在・留学する日本人にとって、教会税は他人事ではありません。ドイツで暮らし始めるときに必ず行う住民登録(Anmeldung)には宗教の記入欄があり、ここでカトリックやプロテスタントの教会員として登録されると、日本人でも給与から教会税が天引きされます。
- 登録は事実にもとづいて行います。教会員かどうかは本人の自称ではなく洗礼・入会の事実で決まり、洗礼を受けている人は教会の名簿・記録にもとづいて教会員として扱われることがあります
- 無宗教・仏教徒など教会税の対象団体に属さない人には課税されません。日本人駐在員の多くはこちらに当たります
- 教会員としてドイツで教会税を払いたくない場合は、前述のとおり役所での正式な脱退手続き(手数料つき)が必要です。信仰上の意味を持つ手続きでもあるため、判断は個人に委ねられます
- 日本に帰国してドイツの納税義務が終われば、教会税の負担も終わります。日本で教会・寺社に納めるお布施や献金に、ドイツのような法律上の徴収はありません
今日やること
今日やること
- ドイツ赴任・留学の予定がある人は、住民登録の宗教欄に何を書くことになるか(自分の洗礼・所属の事実)を出発前に確認しておく
- 給与明細の控除欄をあらためて確認する。ドイツなら教会税の欄、日本なら所得税・住民税・社会保険料の内訳を知ることが手取りを考える第一歩
- 日本で宗教法人に寄付をしている人は、その寄付が寄附金控除の対象かどうか(原則は対象外)を領収書と合わせて確認する
よくある質問
Q. ドイツで働く日本人も教会税を払うのですか?
A. 教会税の対象団体(カトリック・プロテスタント各州教会など)の会員として登録された場合だけです。無宗教の人や、仏教など対象外の宗教の人には課されません。ただし洗礼を受けた教会員は、国籍に関係なく対象になり得ます。住民登録時の宗教欄は事実にもとづいて記入します。
Q. 教会税をやめるにはどうすればいいのですか?
A. 教会の窓口ではなく、住んでいる州の役所(戸籍役場や区裁判所など州により異なる)で脱退を届け出ます。手数料は無料の州から35ユーロ程度の州まであり、多くの州では届け出た月の末で会員資格が終わり、翌月から教会税が止まります。2025年には約66万人がこの手続きを行いました。
Q. 集めた教会税は何に使われるのですか?
A. 使い道を決めるのは国ではなく各教会です。聖職者・職員の人件費や教会の運営のほか、教会が運営する幼稚園・福祉施設などにも充てられます。国(州)は徴収を代行し、その対価として教会から税収の2〜4%程度の手数料を受け取る立場です。
Q. 日本にも教会税のような制度はありますか?
A. ありません。日本国憲法の政教分離により、国が特定の宗教団体のためにお金を集める仕組みは取れないためです。日本は代わりに、宗教法人のお布施・賽銭など宗教活動収入を非課税とし、34業種の収益事業にだけ法人税を課す「受け取った後」の設計になっています。個人が宗教法人に納めるお布施も原則、寄附金控除の対象外です。
参考リンク(出典)
※ 数値は2026年8月時点の公表資料にもとづきます。ユーロの円換算は1ユーロ=180円の概算です。ドイツ等の制度は各国の居住者・教会員に適用されるもので、日本国内の納税には影響しません。本記事は制度比較の情報提供であり、特定の宗教・団体への評価を目的とするものではありません。個別の税務のご判断は税務署・税理士など専門家にご確認ください。



