複数の店を経営しながら、営業許可も取引の決済もぜんぶ従業員の名義。「名義が従業員なら、自分は税務署に見えないはずだ」——そう考えた経営者に、税務署は所得税・消費税・源泉所得税の三方向から追徴をかけました。合計は加算税込みで約1億5,500万円。税務調査ファイルの第3回は、国税庁が公表した「名義借り」の実例から、名義を変えても課税は逃げられないという原則——実質所得者課税——がどう働くのかを読みます。名義を「貸した」側に何が起きるのかも扱います。
事案:営業許可も決済も従業員名義、売上の管理は自分
調査対象者は、各種の資料情報から、近隣で複数店舗を展開するキャバクラ店の実質的な経営者であると想定されたため、調査が行われました。
調査では本人だけでなく従業員に対しても質問調査等が実施されます。その結果、営業許可の申請や取引の決済は従業員名義で行われていたものの、売上の管理や経営方針の決定は調査対象者が行っていたことが分かり、調査対象者が実質的な経営権を有していると判断されました。
追及に対して本人は、「従業員名義で営業すれば自身が経営者であることを隠蔽できると考え、申告していなかった」ことを認めました。
課税は三方向です。①店の営業に係る事業所得(所得税)、②その事業に係る消費税、③コンパニオンに支払った報酬に係る源泉所得税。そして他人名義での営業+無申告は仮装・隠蔽行為に該当するとして、重加算税が賦課されました。
国税庁の資料には、この事案の図解に本人の考えがひとことで書かれています。「従業員名義なら税務署にはばれないだろう」。この発想がなぜ通用しないのかが、今回の本題です。
法令ではこうなっている——名義ではなく「享受する者」に課税
根拠は所得税法12条、実質所得者課税の原則です。
所得税法12条(実質所得者課税の原則)
資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。
つまり、許可証や口座の名義が誰であっても、そのお金を実際に手にしている人に課税すると法律に書いてあります。名義の付け替えは、課税の出発点を1ミリも動かしません。法人税法にも同趣旨の規定(法人税法11条)があります。
では「実際に手にしている人」をどう見分けるのか。この事案で調査が確認したのは次の点でした。
| 名義側の事実 | 実質側の事実(こちらが決め手) |
|---|---|
| 営業許可の申請が従業員名義 | 売上の管理を調査対象者が行っていた 経営方針の決定を調査対象者が行っていた |
| 取引の決済が従業員名義 |
紙の上の名義より、お金の流れと意思決定が見られます。そしてそれを確かめる手段が、本人への追及だけでなく従業員への質問調査だったことに注目してください。名義を借りるということは、その名義人が調査の対象になるということです。事情を知る関係者が複数いる仕組みは、それだけで崩れやすくなります。
判定
実質所得者課税の原則により、課税は名義ではなく収益を享受する者に及びます。そのうえで他人名義での営業+無申告は「仮装・隠蔽」と評価され、重加算税の対象になります。重加算税の税率は、過少申告の場合に代えて課されるもので35%、無申告の場合に代えて課されるもので40%。通常の加算税より格段に重く、過去5年以内に繰り返すとさらに10%加算されます。
根拠:所得税法12条/国税通則法68条
名義を貸した側は、書類の上では事業の主体です。調査では質問調査の対象になり、事情を説明する立場に置かれます。実質が認定されるまでの間、申告や納税の話が最初に向かうのは名義人です。事情を知りながら許可申請や口座開設に名義を貸せば、隠蔽への加担と評価されるリスクも生じます。報酬をもらって名義を貸す行為に、割に合う場面はありません。
追徴が「三方向」から来た理由
この事案で目を引くのは、追徴が所得税だけでなく三つの税目に及んだことです。事業を隠すと、連鎖的にすべてが無申告になります。
| 税目 | なぜ課税されたか | この事案の金額 |
|---|---|---|
| 所得税(事業所得) | 店の利益は実質経営者の事業所得 | 申告漏れ 約1億1,800万円/追徴 約4,800万円 |
| 消費税 | 売上規模が課税事業者に該当 | 追徴 約9,700万円 |
| 源泉所得税 | コンパニオンへの報酬は支払う側に源泉徴収義務がある | 課税漏れ支払金額 約1億2,200万円/追徴 約1,000万円 |
特に見落とされがちなのが3つ目です。ホステスやコンパニオンに報酬を払う事業者は、払う時点で所得税を源泉徴収して納める義務があります。徴収義務は「支払者」にあるので、事業を隠していた本人が、従業員に払った報酬の分まで納税を求められました。事業を1つ隠すと、売上・消費税・人件費の源泉の3層で問題が積み上がる構造です。
今日やること
- 事業の名義と実態のずれを1つずつ書き出す。営業許可・銀行口座・賃貸契約・レジの締めを誰の名前でやっているか。家族経営で「名義は父、実務は自分」のような形があれば、収益の帰属をどう申告しているかを確認してください。
- 名義を貸してほしいと頼まれたら断る。理由の説明は「税務調査で自分が質問される立場になるから」で十分です。すでに貸している名義があるなら、解消の相談を税理士にしてください。
- 人に報酬を払っている事業者は、源泉徴収の要否を確認する。ホステス報酬・外注の原稿料・デザイン料などは源泉徴収の対象です。支払う側の義務なので、相手が申告しているかどうかとは関係ありません。
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よくある質問
Q. 名義が他人なら、税務署はなぜ実質の経営者にたどり着けるのですか。
A. 調査は本人だけでなく従業員などの関係者への質問調査も行われます。本記事の事案では、営業許可や決済が従業員名義でも、売上の管理と経営方針の決定を調査対象者が行っていたことが確認され、実質的な経営権を有すると判断されました。名義を借りるほど事情を知る関係者が増えるため、むしろ把握されやすくなります。
Q. 実質所得者課税の原則とは何ですか。
A. 所得税法12条の定めで、資産や事業から生じる収益について、法律上の名義人が単なる名義人であって収益を享受していない場合には、実際にその収益を享受する者に帰属するものとして課税する、という原則です。法人税法11条にも同趣旨の規定があります。名義を変えても課税される人は変わりません。
Q. 名義を貸した従業員の側はどうなりますか。
A. 書類上は事業の主体になるため、調査では質問調査の対象になり、事情を説明する立場に置かれます。実質の認定が済むまでは申告や納税の話が名義人に向かいますし、事情を知って協力していた場合には隠蔽への加担と評価されるリスクもあります。報酬をもらって名義を貸すことに見合う利益はありません。
Q. 重加算税はどのくらい重いのですか。
A. 過少申告加算税に代えて課される場合で35%、無申告加算税に代えて課される場合で40%です。通常の過少申告加算税(10%・一部15%)や無申告加算税と比べて格段に重く、過去5年以内に無申告加算税や重加算税を課されたことがある場合はさらに10%加算されます。加えて延滞税も発生します。
Q. 家族名義の口座で商売の入金を受けるのも危ないですか。
A. 収益を実際に享受しているのが自分なら、家族名義の口座に入れても自分の所得として申告する必要があります。名義と実態のずれは、調査で銀行口座の動きを確認されれば把握されます。無申告や過少申告の状態でこれを行うと、隠蔽の具体的行為と評価される可能性が高くなります。
Q. 従業員に払った報酬の源泉所得税まで、なぜ経営者が払うのですか。
A. 源泉徴収は報酬を支払う側の義務だからです。ホステスやコンパニオンへの報酬は源泉徴収の対象で、支払時に所得税を天引きして国に納める必要があります。この事案では事業自体を隠していたため源泉徴収も行われておらず、実質経営者に対して源泉所得税約1,000万円の追徴が行われました。
参考リンク(出典)
本記事の事案は国税庁が匿名化して公表している調査事例に基づき、著作権法32条2項により説明の材料として利用しています。法令の解釈は国税庁の法令解釈通達および条文で確認しています。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の個人・業種を非難する意図はありません。収益の帰属や源泉徴収の要否は個別の事実関係によって判断されます。実際の対応は税務署または税理士にご相談ください。



