アメリカは、世界でほぼ唯一「国籍」で課税する国です。米国市民とグリーンカード(永住権)保持者は、地球のどこに住んでいても、毎年全世界の所得を米国に申告する義務があります。東京に30年住み、日本で納税していても、です。しかも FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)により、日本の銀行・証券会社も米国人の口座情報を米国側へ報告する体制ができています。米国生まれの日本人・日米ハーフの子・グリーンカードのまま帰国した人——実は日本にも「知らないうちに対象」の人が少なくありません。仕組みと出口(国籍離脱と出国税)まで、一次情報で整理します。
仕組み:住んでいなくても、一生ついてくる申告義務
ほとんどの国は「その国に住んでいる人」に課税します(居住地課税)。日本もそうで、日本を離れて非居住者になれば、原則として国外所得への日本の課税は止まります。アメリカだけが違います。
| 日本(居住地課税) | アメリカ(市民権課税) | |
|---|---|---|
| 課税の基準 | 住所・居所(どこに住んでいるか) | 国籍・永住権(誰であるか) |
| 海外移住したら | 原則、国外所得への課税は終了 | 全世界所得の申告義務が続く |
| 対象者 | 日本の居住者(国籍不問) | 米国市民+グリーンカード保持者(居住地不問) |
米国の内国歳入庁(IRS)は公式に「米国市民・居住外国人は、国外に住んでいても全世界所得について米国の所得税申告のルールに従う」と明記しています。国籍を基準に本格的な全世界所得課税を行うのは米国だけで、ほかにはエリトリアが国外居住者に2%の税を課す例がある程度とされます。
もっとも、「二重に払う」ことを防ぐ道具は用意されています。
- 外国所得控除(FEIE)——国外に住んで働く人は、給与など労働で得た所得のうち年13万2,900ドル(2026年・約1,990万円)までを米国の課税対象から除外できます(物理的滞在テストなどの条件あり)
- 外国税額控除——日本で納めた所得税を、米国の税額から差し引けます。日本の税率は米国より高い場面が多く、多くの人は追加でとられる米国税はゼロか少額になります
- 日米租税条約もありますが、米国は条約に「自国民には条約に関係なく課税できる」という留保(セービング・クローズ)を入れており、市民権課税そのものは条約でも消えません
重要なのは「税額ゼロでも申告義務は消えない」こと。控除を使って納税額が0ドルになる人も、所得が一定額を超えれば毎年の確定申告(米国の申告書・フォーム1040)と、次に述べる口座報告の義務は残ります。
FATCA・FBAR:日本の銀行口座も米国に報告されている
「海外にいれば分からないのでは」と思うかもしれませんが、この網がFATCAとFBARです。
- 2010年に成立したFATCAは、世界中の金融機関に、米国人が持つ口座の情報をIRSへ報告させる仕組みです。応じない金融機関には米国源泉の支払いに30%の源泉徴収が課されるため、各国の金融機関は事実上参加しています
- 日本は2013年6月11日の日米当局間声明に基づき、日本の銀行・証券会社・保険会社がIRSに登録し、同意を得た米国人口座の情報をIRSへ報告する枠組みを整えました。同意しない口座も、日米租税条約に基づく国税庁経由の情報提供の対象になり得ます
- 日本で口座を開くときに「米国籍・米国永住権をお持ちですか」と確認されるのは、この枠組みのためです
- フォーム8938(FATCAの個人報告)——国外に住む単身者の場合、国外金融資産が年末時点で20万ドル(約3,000万円)超または年中いずれかの時点で30万ドル超なら、申告書に添付して報告します(米国内居住者は年末5万ドル超からと、基準はより厳しくなります)
- FBAR(外国銀行口座報告)——米国外の金融口座の合計残高が年中一度でも1万ドル(約150万円)を超えたら、財務省金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)へフォーム114を毎年提出します。日本在住の米国籍者にとっては、日本のふつうの銀行口座がすべて「外国口座」です
- どちらも未提出には民事罰(罰金)や、悪質な場合は刑事罰が定められています
なぜ生まれたか:南北戦争と「国外に出た市民」
市民権課税の起源は160年以上前にさかのぼります。
- 1861年、南北戦争の戦費調達のために連邦所得税が作られたとき、国外にいる市民の所得にも課税する仕組みが盛り込まれたのが始まりとされます。国を離れても市民である以上、国の保護を受けており、負担も分かち合うべきだ——という考え方です
- 1924年には連邦最高裁が「市民権を基準とする課税は合憲」と判断し(クック対テイト事件)、法的な決着がつきました
- 現代の執行を一変させたのがFATCAです。2000年代後半、スイスの大手銀行が米国人の税逃れを助けていた事件をきっかけに、2010年、「世界中の金融機関に報告させる」という強力な仕組みが作られました
「国籍で課税する」制度自体は19世紀からありましたが、実際に世界中で捕捉できるようになったのはこの15年ほどのことです。
結果:国籍を捨てる人と、出口に立つ「出国税」
- 米国では国籍を離脱した人の氏名が連邦官報で四半期ごとに公表されます。この公表ベースの集計では、FATCA施行後に離脱者が急増し、2020年に約6,700人と過去最多。その後も2024年に約5,500人、2025年に約4,900人と高い水準が続いているとされます
- 離脱手続きの手数料は2014年に450ドルから2,350ドル(約35万円)へ引き上げられ「世界最高水準」と批判されてきましたが、訴訟などを経て2026年4月に450ドル(約6.8万円)へ引き下げられました(米国務省の領事手数料表)
一定の富裕層は、国籍(またはグリーンカード)を手放すときに出国税がかかります。次のいずれかに当てはまる人は「対象離脱者」です。
- 純資産が200万ドル(約3億円)以上
- 直近5年間の平均連邦所得税額が21万1,000ドル(2026年・約3,170万円)超
- 過去5年分の米国の納税義務をすべて果たしたと証明できない
- 対象離脱者は、全資産を離脱の前日に時価で売却したとみなして、含み益に課税されます(みなし譲渡)。ただし含み益のうち91万ドル(2026年・約1.4億円)までは控除されます
- 離脱時にはフォーム8854の提出が必要で、怠ると1万ドルの罰金が科され得ます
- グリーンカードも、過去15年のうち8年以上保有した「長期居住者」は返上時に同じ出国税の対象です
- さらに、対象離脱者から贈与・遺贈を受け取った米国人側に課税する仕組みもあり、「離脱してから家族に渡す」抜け道もふさがれています
米国は出生地主義で、米国で生まれた人は自動的に米国市民です。親の駐在中に米国で生まれてすぐ帰国した人、米国人の親から国外で生まれた人などは、本人に自覚のないまま申告義務を負っていることがあり、「偶然のアメリカ人」と呼ばれます。欧州では銀行口座を開けなくなるなどの問題が表面化し、批判を受けたIRSは2019年、救済手続きを設けました。国籍離脱者のうち、純資産200万ドル未満・離脱年を含む6年間の税額合計が2万5,000ドル(約380万円)以下で、義務違反が故意でなかった人は、出国税の対象とされず、過去の未納分も徴収しない——という内容です。
日本との比較:日本の「出国税」は住所基準
日本にも「出国税」と呼ばれる制度が2つありますが、どちらも設計思想は米国と異なります。
| 米国の出国税(国籍離脱税) | 日本の国外転出時課税 | |
|---|---|---|
| きっかけ | 国籍・永住権を手放すとき | 海外へ住所を移すとき(国籍は不問) |
| 対象者 | 純資産200万ドル以上など「対象離脱者」 | 株式など対象資産1億円以上を持つ一定の居住者 |
| 課税対象 | 全資産の含み益(91万ドル控除あり) | 有価証券等の含み益(所得税+復興特別所得税) |
| 導入 | 現行方式は2008年〜 | 2015年7月1日〜 |
| 猶予 | 納税の繰延べを選択できる資産あり | 担保提供など一定の手続で納税猶予が可能 |
- 日本の国外転出時課税は「含み益を抱えたまま無税の国へ移って売る」ことを防ぐ制度で、出て行く時点で1回精算したらそこで終わりです。米国のように「出た後も国籍がある限り申告し続ける」仕組みではありません。制度の詳細は富裕層の移住と税金の記事でも解説しています
- なお、日本で「出国税」とニュースになる国際観光旅客税(2026年7月から出国1回あたり3,000円)は、出国する人全員から定額を徴収する別の税金です。名前が似ているだけで、富裕層の含み益課税とは別物です
「国籍で課税する米国」と「住所で課税する日本」は、どちらが正しいという話ではなく、国と個人のつながりをどこに見るかという設計思想の違いです。米国型は公平性を国籍に求める一方、国外に住む一般市民にも毎年の申告・報告の負担がかかるという課題が指摘され、米国内でも見直しの議論が続いています。
日本人に関係するケース:「うちは無関係」と言い切れない
日本に住んでいても、次のような人は米国の申告義務に関わる可能性があります。
- 米国生まれの人——親の駐在・留学中に米国で生まれた人は、本人が意識していなくても米国市民である可能性が高く、日本在住のままでも申告・FBARの義務が生じ得ます
- 日米ハーフの子——米国人の親から生まれた子は、親の米国居住歴などの条件を満たすと出生時から米国市民です。日本の国籍法は重国籍の解消を求めていますが、日本国籍の「選択宣言」をしても米国籍が自動的に消えるわけではなく、米国籍の離脱には米国側の手続(大使館・領事館での宣誓と手数料450ドル)が別に必要です
- グリーンカードを持ったまま帰国した人——正式な放棄手続き(フォームI-407の提出など)をするまで、米国の税務上は申告義務が続くのが原則です。しかも15年中8年以上保有すると、返上時に出国税の判定対象になります。「使っていないから大丈夫」にはなりません
- 米国籍の家族から相続・贈与を受ける人——家族に米国籍者がいる場合、米国側の遺産税・贈与税のルールも関わってきます。国際相続の基本は外国人と相続税の記事で解説しています
該当しそうな場合は、動く前に専門家へ。米国税務は救済手続き(過去分をまとめて申告する簡易手続きなど)の使い方で結果が大きく変わります。自己判断で放置したり、逆にあわてて国籍・グリーンカードを手放したりする前に、国際税務に詳しい税理士や米国公認会計士に相談してください。日本側の申告との調整(外国税額控除など)も含めて設計するのが安全です。
今日やること
今日やること
- 自分と家族の「米国との接点」を確認する——米国生まれか、親が米国籍か、グリーンカードを持っている(いた)か。出生地は戸籍やパスポートで確認できます
- 該当者がいたら、日本の金融口座の残高合計を書き出す——合計1万ドル(約150万円)超ならFBARの報告対象になり得ます
- 手続き(申告・国籍やグリーンカードの放棄)を自己判断で進める前に、国際税務に詳しい税理士・米国公認会計士への相談予約を入れる
よくある質問
Q. 日本に住んで日本で納税していても、米国への申告は必要ですか?
A. 米国市民・グリーンカード保持者は、居住地に関係なく、所得が一定額を超えれば毎年米国への申告義務があります。外国所得控除(2026年は13万2,900ドルまで)や外国税額控除で追加の米国税はゼロか少額になる人が多いものの、申告義務そのものと、口座残高が基準を超えた場合のFBAR・フォーム8938の報告義務は残ります。
Q. 「偶然のアメリカ人」とは何ですか?
A. 米国は出生地主義のため、親の駐在中などに米国で生まれた人は自動的に米国市民です。米国人の親から国外で生まれた人も条件を満たせば市民になります。本人に自覚がないまま米国の申告義務を負っている人を「偶然のアメリカ人」と呼びます。IRSには、純資産200万ドル未満・6年間の税額合計2万5,000ドル以下などの条件で過去分の負担なく整理できる救済手続きがあります。
Q. 米国籍やグリーンカードを手放せば、米国の税金と無関係になれますか?
A. 手放した後の所得には原則課税されなくなりますが、出口で判定があります。純資産200万ドル以上・直近5年の平均税額21万1,000ドル超(2026年)・過去5年の納税義務を証明できない、のいずれかに該当する「対象離脱者」は、全資産を時価で売ったとみなす出国税(91万ドル控除あり)の対象です。グリーンカードも15年中8年以上の保有者は同様です。手続き前に専門家への相談をおすすめします。
Q. 日本の「出国税」と米国の出国税は同じものですか?
A. 別物です。日本の国外転出時課税(2015年〜)は、株式など1億円以上の対象資産を持つ居住者が海外へ住所を移すときに含み益へ課税する制度で、国籍は関係ありません。米国の出国税は国籍・永住権を手放すときに富裕層へかかる税です。さらに日本で「出国税」と報道される国際観光旅客税は、出国者全員から定額を徴収する別の税金です。
参考リンク(出典)
※ 数値は2026年8月時点の公表資料にもとづきます。ドルの円換算は1ドル=150円の概算です。国籍離脱者数は連邦官報の氏名公表を集計した参考値です。米国の申告義務・救済手続きの適用は個別の事情で変わります。本記事は制度紹介の一般的な情報提供であり、個別のご判断は税務署・国際税務に詳しい税理士・米国公認会計士など専門家にご確認ください。



